【備忘録】解離性健忘で失くした2年分の記憶が戻ってきたっていう超個人的なメモ書き

目安時間:約 12分

どうも!エグゼクティブ・フルニートの矢菜樹やなぎです。

 

解離性健忘という病気で失くした記憶が2年分。その失ったはずの記憶がだいぶ戻ってきた(と思う)のでメモ書きついでの書き置きをします。

 

ええご察しの通り、超超超~個人的な走り書きメモ(備忘録)のようなものです。

 

「そんな個人的な書き物に興味なんかないわ!」と思った方は今すぐにブラウザの戻るボタンをどうぞ。

 

とはいえ、こんな話し誰も信じないと思います。何せ私の人生、本当のことを話せば「ウソつき認定」されてばかりですから。

 

人様よりちょこ~っとだけ違った人生を送ってるだけなんですけどねぇ。

 

私に言わせりゃ、「人と同じことをすることが当たり前」って考えのほうが異常に思えます。誰だって違う人生を生きてるでしょ?

 

それでは、常識人の人たちにとっては「変な人」の私の経験をお話しします。

 

2015年9月から

まずは、解離性健忘を患う前から順を追ってお話しします。この記事を執筆しているのが2018年の9月ですから、ピッタリ3年前ですかね。

 

今でこそ書かなくなりましたが、2年くらい出会い系サイトで日記書きをやってました。

 

その内容たるや、「うん○こ漏れそう!」とか「逆DVから逃げだしたった!」など、不健全なものから不健全なものまで書きまくってまして←

 

で、「なんでまたそんなモノ書いてたの?ん?」というのが、ここからのお話しです。

 

 

 

別れた内縁嫁(以下元嫁)に殺されかけたり、自殺に追い込まれたことが何度もあって、息子の人生を守るためにも県外逃亡を決意したのが2015年の9月でした。

 

いわゆる逆DVというやつです。肉体的・精神的暴力を10年間受け続け、ついに耐えられなくなったんですよ。

 

ほら、私が殺されちゃったら息子は一生「犯罪者の子供」になっちゃうでしょ?殺された後のことなんて知ったこっちゃないけど、息子の生涯を左右することなので、何も告げずに地元を出ることにしたわけです。

 

 

 

住む家も仕事も全部捨てて地元を後にしました。県外に頼れる友人も親族も誰一人いない状態で。

 

親兄弟とは28歳の夏に戸籍ごとサヨナラしてます。親元にいた頃は、ずっと「あやつり人形」でしたからね。

 

(便宜上「親」と書きましたが、実際には人間だとも思ってません。奴らは人の皮を被った動物です。)

 

 

 

さて、話を戻しましょう。

 

派遣会社を頼りに県外へ逃亡したまでは良かったものの、さすがにね、孤独はしんどいんですよ。出会い系サイトに登録したのはこの頃です。

 

とはいえ、見知らぬ誰かに出会うためではなく、ただ純粋に日記が書きたかっただけです。

 

むしろ、「誰とも出会ってはならない」と固く心に決めてました。

 

事情はどうあれ、「大人の身勝手な都合で息子を捨てた最低の父親は幸せになってはならない」と思ってましたから。

 

 

 

"父親"とはいっても、戸籍上は親子関係が認められてません。紙切れ一枚で親子にも他人にもなる国なんですよ、日本って。

 

血は紙よりも薄いってことです。

 

私が息子の父親になれなかったのは、元嫁が認知させてくれなかったから。

 

「あんたと籍入れたら母子手当もらえないじゃん」だそうです・・・。

 

あ、言い忘れてましたが"元嫁"も便宜上の呼び名です。事実婚だった上に一緒に住んでませんでしたからね。

 

 

 

話が行ったり来たりでまとまりませんが、惰性で書いてるから許してね♪

 

県外へ逃亡して某サイトに登録したけど誰とも会おうとしなかった」までお話ししましたっけ。

 

 

 

ただひたすら日記を書き、コメント欄で見ず知らずの人たちとたわいも無い会話が続く日々を送ってました。 

 

職場に馴染めなかったのは、元来の人見知りスキルマックスであったためです。

 

小中学時代はイジメられる日が続いてたため、人とどう接したらいいかわからなかったんですよ。

 

でも、ネットというフィルターを通せば恐怖心なく筆談はできます。

 

でもね、こんなこと続けてりゃあ仲良くなっちまう人も次第に現れるんですよ。

 

それでもマイルールは徹底するよう努めました。なにせ私は「我が子を捨てたクズ」ですから、誰かと出会ってしまうことで万が一幸せになろうものなら、それは息子に対する最大の裏切り行為になります。。。

 

 

 

そんなネット依存状態の負のスパイラルから、なおさらリアルの人間なんかに興味は湧きません。

 

職場では孤立し、社宅へ戻ればひたすらスマホとにらめっこ。某サイトの日記だけが、当時の私の心の拠り所でしたから。

 

 

 

いやしかし運命のいたずらか。ついに出会ってしまう日は訪れたんです。仲良くなった主婦さんと。

 

あまり詳しくは書けませんが、その主婦さんも「尋常ではない生き方」をしてたもんで、少しでも気晴らしになればという思いから会うことにしました。

 

ちなみに男女の仲にはなってませんぜ。

 

こうして、ネットの中の人と出会うことに少しだけハードルが下がったことが、後の「大事件」へとつながっていくことを、このときは知る由もありませんでした。

 

 

 

年が明けた2016年。

2016年1月。持病の腰痛悪化で寝たきり生活が始まりました。その間、およそ2週間。

 

貯金なんか1円も無いし、働かなくちゃ生きられないギリギリの状態で休職せざるを得ないとか、どんなドM人生だよまったくもぅ。

 

結局、このときの職場は辞めざるを得なくなりました。腰痛を抱えたまま在籍してても迷惑をかけるだけですからね。

 

でも、「働かなきゃ生きられない」。

 

その想いから、次の職場を求めてまた土地を移ることになります。

 

 

 

なぎゃー(名古屋)の都会から山奥のど田舎へ。

 

2月に移ってきたこの現場も派遣会社の寮生活になります。ただねぇ~、ココの給料がめっちゃくちゃ安かったんですよ。

 

手取り15万円弱で家賃電気ガス合わせて7万円超。加えて移り住むための引っ越し代は自腹です。

その引っ越し代も会社から借りてたため、毎月、給料から天引きされるもんだから、実際に手元に入ってくるお金なんてありません。

 

【閲覧注意】派遣社員してた頃の『手取りマイナスの給与明細』を5枚公開します!!!

 

加えて2週間の寝たきり生活の影響で、手元に残ってたお金なんて小学生のお小遣い並みです。

 

どうやって生きりゃいいのよこれ(白目)。

 

 

 

でも、この会社を選んじゃったのは私。給料の額面がマイナスでも、派遣会社には前借り制度があります。もう、これしか頼るものがありません。

 

とはいえ、前借りなんて問題の先送りでしかないです。なにせ翌月の給料から前借り分は天引きですから。

 

 

 

2月3月4月…

 

給与明細を見るたびに鬱になっていく私がいました。さらに、職場では不条理な扱いを受けていたことで精神状態はさらに悪化。

 

こうして、役所へ保護を求めたものの、受理されることはありませんでした。だって、会社から役所へクレームが入ったのだから。

 

「甘やかさないで働かせろ!」と。

 

 

 

この続きは、別冊で書いた通りです。なので、ここではざっくりとご紹介。

 

まず、首吊り自殺を実行→やっぱり生き残っちゃって救急搬送→入院してやっと保護してもらえましたとさ。(雑)

 

こうして始まった数日間の入院生活で、例のサイトで連絡先を交換した相手と徐々に親しくなっていきました。

 

 

 

退院後は無事に住む家も確保でき、少しの間、労働から解放されることになります。

 

そんな束の間の休息で心身を癒す中、サイトで出会ったお相手と、ついにご対面することになるわけです。

 

そのお相手が、今おつきあいしている彼女です(照)。

 

ここまでが、2016年の6月くらいまでのお話し。

 

 

結局、「不幸だ」なんてただの思い込み

息子に対する想い(マイルール)を、彼女の言葉を借りて表現するならば、「ほんま"俺教(ネガティブ信者って意味らしい)"やなw」

 

「幸せになってはならない」なんて思い込みでしかなかったんです。

 

むしろ、「息子のせい」にして不幸気取りでいただけでした。これに気づけたのも、サイトで出会ったみんなのおかげです。

 

その後は、ど田舎から現在の土地へ移り住み、様々なストレスや元来の抱え込む性格が災いして2年分の記憶を失くしたわけです。

 

記憶を失くした後も働き続け、またまた腰痛悪化で寝たきりになり、やっとのことでまたまたまた復職を果たすも、まーた記憶失くしちゃって・・・。

 

やっとこさ「あ~、働いてる場合じゃないや~」と自覚しましたとさ。

 

 

 

「もう、雇われて働いてたら生きられない。」

 

「お金を稼がなきゃ彼女と一緒にもなれない。」

 

そんな想いから生まれたキャッチコピーが、ツイッターで公開しているヘッダー画像のアレです。

 

 

 

なお、今は記憶はかなり戻った…はず←

 

 

ちなみに、「解離性障害を経て 記憶が飛んだあの日」で検索すると、記憶飛んだ日のことを綴った記事がヒットします(あの話しを書いた頃は「SEOって何?おいしいの?」でしたw)

 

ここまで読んでくださってありがとうございます。気が向いたらまた何か書き始めると思います。

 

 

 

ではでは、個性あふれる情報発信を!

 

 

 

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管理人:矢菜樹やなぎ 孝明たかあき
出身地:神奈川県
生息地:関西

経歴:
1978年2月生まれ。
「定時なんて都市伝説だ!」と働きまくってたらうつ病とか解離性障害とかいろんな病気になってたみたいで2年分の記憶を失くす。

2017年11月。
椎間板ヘルニアと分離すべり症と坐骨神経痛で1ヶ月くらい寝たきりになる。復職直前にアンリミを購入。よせばいいのに働きながら勉強し始める。

2018年1月。
案の定、また記憶を失くす。「働いてる場合じゃないや~」と、やっとこさ自覚して会社を辞める。

そして現在
在宅で収入を得るためのブログを運営中。

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